パニック障害を患って

ある日突然、原因不明の吐き気・喉につまった異物感。逃げられない場所から始まったあの恐怖感と冷や汗と心臓の激しい鼓動。パニック障害を発症してから現在までの13年間を赤裸々に綴ります。

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退職して違う道へ



 もともと自分はサラリーマンには向いてないと思い、将来退職後に開業しようと、実は1年前から民間資格を取得して勉強していました。

 そんなこともあって、勇気を出して会社を辞める決意をしたのです。

 今まで週休2日でしたが、気分が楽なのは、金曜日の仕事が終わってからだけで、土曜の朝には「明日は日曜日、休みは終わり」と思うと憂鬱でなかなか起きられず、2時3時まで布団から出られず、ひどいときには5時以降まで起きられないのです。

 当然、日曜日になれば、さらに憂鬱感はエスカレートし、「笑点」や「サザエさん」の音楽を聞けば、当然ながら、憂鬱気分は最高潮となりました。

 地下鉄に乗れない、体力はどんどん落ちて、月に2度も3度も風邪をひき39度の熱が出ていました。病は気からで、まったく気力がなくなっていましたから、抵抗力はなくなる一方だったのです。

 何年もこのままだと、大病にかかってな死ぬなと思い、もうやりたいようにやろう、生きたいように生きよう、我慢はやめようと思うようになりました。

 ついに、会社に辞表を提出し受理されました。就業規則によれば、退職日1ヶ月前に辞表を提出すれば、退職できるはずが、さらに3ヶ月辞めさせてもらえず、おまけに有給休暇も40日あるにもかかわらず、最後の最後まで、引っ張られ仕事をさせられました。

 それでも、あと少しの我慢だと思えば、気は楽でしたし、退職が決まって以来精神的にも軽くなり、パニック症状は軽いものとなっていきました。休日の終わりでも、あの憂鬱感はなくなってきました。

 抑圧から開放されることがやはり大事なのです。

 そして、いよいよ退職となったのです。

 退職後、雇用保険をもらって、5ヶ月間は開業準備はほどほどに妻と公園に行ったり、買い物に出かけたりしてのんびりと暮らしました。

 そして、退職とともにパニックの薬はやめました。どのみち、薬はどれだけ飲んでも効かなくなっていましたから。

 それから、数ヶ月後、好きなことを誰にも抑圧されずのんびりと新しい仕事を始めました。

 電車通勤もなく、抑圧もなく、奴隷のような束縛もなくなったため、体調は復活し精神的にも元気を完全に取り戻したのです。

 人生は一度、無理に我慢する必要はなく、好きなように自分にあった生活を探せばいいのです。

 やはり、環境を変えてしまうことが重要で、それは逃げたということではないと思うのです。本当の意味で人生を逃げるとは自殺だと思うからです。

 これからも、どうしても嫌なことは断っていこうと思うのです。無理をして引き受けて体をこわしたとしても、誰も助けてはくれません。助けるのは自分自身だけなのですから。

 自分を大事にしなければ、人を助けることなど到底無理な話です。

 パニック障害は一度患うと、症状が軽くなったとしても決して全快することはなく、一生付き合っていかねばならないような気がします。

 記憶喪失になったり認知症にでもなれば治るような気がします。ようするに、記憶にクッキリと焼きついてしまったために、完全に忘れないと無理なようです。

 そのためにも、皆さんは決してストレスを溜め込んで自分を押し殺して生きていかないようお勧めします。









































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